Funny-Creative BLOG

電子書籍作家の幾谷正が個人出版の最前線で戦う話

コミケの創作文芸サークルで電子書籍を販売してみました

オタクもオタクじゃない人も名前だけなら知っている。東京ビッグサイトで行われるという、巷で話題の夏の陣。
というわけで先日開催されたコミックマーケット90に、電子書籍サークルである当「FunnyCreative」も初の実媒体イベントとして参加してきました。

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今回はDLコード付カードを使って「電子書籍を実イベントで売る」という、あまり見たことのない未知の試みに挑戦してみたわけですが、思った以上に気付かされることが多くありました。
同様の試みされてる方はチラホラとお見かけしますが、「紙と比較してどうか」という点について、自分はそれなりに確かな見識をもって述べることができると思います。

実は僕個人としては、学生時代に大学の漫研サークルとして参加して合同誌に寄稿したり、個人でも小説本を1冊作ってみたりと、サークル参加の経験は多かったりします。
また、一般参加(俗に言う買い専)としては連続20回、大学一回生の頃から十年ほぼ欠かさず夏冬参加しているので、コミケ自体についてはベテランかなと自負しています。

なので実はかなりコミケガチ勢だったりする自分が、「電子書籍コミケで売るってアリなのナシなの?」という観点について、私見を色々と書いてみたいと思います。

利点について

とにもかくにも印刷費が安い

今回自分が頒布した電子書籍のデータは、現在AmazonのKindleDirectPublishingを利用して2巻まで販売している拙作『アーマードール・アライブ』。

アーマードール・アライブⅠ: 死せる英雄と虚飾の悪魔

この最新第3巻をイベントで先行販売する、という体でプレリリース版として配布した形です。

作品概要としては

EPUBデータ本体約5,000KB
文字数ではおよそ10万文字
文庫に換算して約250頁程度
表紙はフルカラー
印刷部数は50部

これが僕が今回販売した作品の、数字上での仕様です。
仮にこれを紙に印刷して文庫として販売した場合、どんな感じになるでしょうか。
ためしに同人誌印刷所の大手、「ねこのしっぽ」さんでペーパーバックとして印刷した場合の値段を調べてみました。

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この料金表を見る限り、およそ6万円程度。
つまり60,000÷50=¥1,200というのが、この本1冊あたりの数字になります。
もちろん同人活動は趣味なので、利益を求めず印刷原価をそのまま頒布価格としたいところですが、それでも1,200円というちょっとしたハードカバーみたいな値段になってしまいます。

「なんでそんなに高いの!?」と驚かれる方もいらっしゃるかも知れませんが、よく考えると実は当然のことなのです。


まず商業作品として流通している出版社の出している本は、一度に何千部という数を刷ることで1冊あたりの値段を安くしています。
なので少部数しか刷らない同人誌としての印刷は、かなり1冊あたりの値段が高額になってしまいます。

また、一般的に同人誌と言われるものは、多くの作品が漫画本の形態を取っています。
平均的に1冊およそ24~32ページ程度、これを100部ほど刷って500円で売れば、充分元が取れるどころかむしろ利益が入ります。
「同人誌は1冊500円」「商業媒体だとライトノベルは高くても800円」という二つの先入観が、「同人小説1冊1,200円」という価格を突拍子もなく高く感じさせてしまうのかもしれません。

このどうしても1冊あたりのページ数が多くなってしまいやすい同人文芸特有の問題は、かなり多くのサークルの頭を悩ませてきました。
もちろん、全て売り切ってやっと差し引きゼロになるという話。一度のイベントで売り切れなければ、当然それだけの赤字を持ち越すことになります。
また、イベント参加費と交通費、在庫の運送費も毎回かかることになるので、売れ残るほどにマイナスがかさんでいきます。

僕自身もお金に余裕のない大学時代の頃に同人小説を作っていたので、商業作家として稼いだ印税を同人活動で散財するという、かなり道楽じみた活動をしていたと思います。
(今思えばかなり良い経験になったなと思いはするものの)

大して今回、僕が「CONCA」と「でんでんコンバーター」を利用して作成したEPUBデータとDLコード付カードについて。

まず当ブログでも何度かご紹介させていただいてる、毎度お世話になっている「でんでんコンバーター」ですが、フリーのWEBサービスなのでここでのEPUB作成経費は0円。
そして今回初めて利用した「conca」ですが、DLコード付のカードを指定枚数印刷して、固有のコードを枚数分生成してくれるという、かなり便利なパッケージになっています。
カード厚さ0.5mm、50枚でデータ3種類までのコースで注文したので、ここでの経費は大体税込みで1,5000円ぐらいでした。

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(こんな感じのプラスチックカード。実物を手にしてみるとかなりしっかりした造りで、グッズとして作っても満足感ある)

1,5000÷50=300円と見れば、ほぼ1冊300円で作成できてしまった計算になります。
もちろんこれはページ数に全く依存しない数字なので、10ページだろうと1000ページだろうと同じぐらいの値段になります。
少なくとも僕の場合、実に900円も安く作成できたことになります。

これはサークル側にとって有り難い話ですが、もちろん安く作成できる分、頒布価格もそれだけ安くすることが可能です。
200ページ10万文字の文庫本を300円で読めるだなんて、活字好きにとって決して損な話ではないはずだと僕は思ってます。

会場内入稿すら可能とする作成の便利さ

次に、同人誌の作成時間と締め切りの話です。
紙印刷を行う際には、当然印刷所側が提示した締め切りに間に合うよう、原稿データを万全に用意して入稿しなければなりません。
また、入稿済みのデータにあとで不備が見つかった場合、データを差替えて修正するという融通もなかなか難しい所があります。

一つ直前入稿の手段として有名なものに「コピー誌折本」というものがあります。
原稿を普通のコピー機でコピーして、折りたたんでホチキスで止めて本にしてしまうという代物です。
これなら機材さえあれば誰でも簡単に安く作るので、時間がないサークルには有効な手段として扱われていますが、実はそう簡単なものでもありません。

人の手を使っての作業になるので当然限界はありますし、ページ番号の間違いミスなどの危険性も伴います。
とにかく根気と労力の作業になるので、冊数に制限こそないものの、50冊作るだけでもかなりの苦行になるでしょう。
もちろん、数百ページに及ぶ小説本でこの手段を取るのは、とても現実的とはいえません。

ですが今回自分は、東京での滞在先のホテルにノートPCを持ち込んで、イベント前日のギリギリまで粘って原稿作業を行うことができました。

これも電子書籍の利点で、要は「イベント当日までにサーバー上にDL用のデータを上げておけばいい」だけなので、極論を言えば当日会場内でデータをアップロードしてしまってもいいわけです。
もちろんカード自体の印刷に時間を要するので、2週間ほど前に表紙のイラストだけでも完成させておいて、先に印刷の手配だけしておく必要はあります。
ですがそこから2週間ほど本文の作業に入る余裕が残されているわけなので、忙しい社会人サークルなどにとってはこれほど助かる話もないでしょう。
なのでイラストレーターの友人に対して自分も「表紙さえ2週間前に上げてもらえればあとはこっちでなんとかする」と、かなり強気なスケジュールで進めていました。

印刷所依頼にしろコピー誌にしろ、ギリギリになればなるほど誰かが苦しむことになるのは必定なので、その辺りについても人に優しい形式と言えると思います。

もちろん、時間があるからと直前まで作業を先延ばしにしてしまい、かえって余裕がなくなってしまえばかえって欠点かも知れませんがw

小さいことはいいことだ

ここまでは作る前から利点だと感じていた部分ですが、これは作ってみて初めて感じた利点でした。
同人誌を作る際に必ずつきまとう問題に、本自体の在庫の扱いに関するものがあります。
毎回イベントの度に重たい段ボールを用意して、カートに積み込んで会場内まで運び込む必要があります。
また売れ残れば安くない運送費を払って家まで郵送し、部屋のスペースをいつまでも専有し続けることになります。

また、ブースを何かの理由で空けなければいけない際など、大事な本を持ち歩くことなどできるわけもないので、店番を人に頼むとか近くのサークルに見張りをお願いするとか、色々と対策が必要になってきます。

ところが今回作ったDLカードは、言ってしまえば数十枚のプラスチックカード。ちょっと厚めのカードデッキ1パック分ぐらいの容量です。
搬入も搬出も、ケースに入れて鞄に入れておくだけで簡単お手軽。ブースを離席する際も同様です。

欠点について

EPUBデータの開き方

今回もっとも自分の頭を悩ませたのは、「どうやってEPUBデータを読んでもらうか」という点についてでした。
まだ充分浸透していないEPUBのフォーマットですが、それが安定して開けるリーダーや閲覧環境もまだ未整備の状態にあります。
これが単なるjpgやpdfなら説明ナシでも済むところですが、epubの場合は「どのソフトをどう使えば開けるか」から説明する必要があります。

とりあえずWEB上でepubの閲覧可能なソフトやその使い方紹介について調べ、〝READ MEテキスト〟を用意することでこの対策としました。
今のところ「開き方が分からない」という問い合わせは頂いておらず、読了報告もいくつか頂けており、問題がなかったようでホッとしています。

ですが自分の場合は、元々電子を主体に活動していたサークルという前提があるので、購入していただいた方々もやはり元々理解のある方がほとんどです。
既に閲覧環境を導入済みの方も多かったことと思われます。

なので、「今まで紙主体で活動してきたサークルが電子媒体に移行する」場合、その読者が以降に対応できるかどうかは大きく問題になるでしょう。

会場での展示の仕方

これは完全に今回失敗したなと思ったのは、とにかく「何を売っているのかわかりにくい」という一点でした。

とりあえず作品のデータをあらかじめ入れた電子書籍端末を試読サンプルとして横に置き、カードを並べて頒布用ディスプレイを作ったのですが、これがとにかくわかりにくい。

「これは何を売っているのか」と、逆に興味を持って尋ねてこられる方もいたのですが、紙書籍がずらりと並ぶ一帯で、カードと端末だけを並べている自分のブースは、正直かなり浮いていました。

一応あとで聞いてみたところ、concaを作品販売に利用しているサークルは他にもいくつかあったと聞いています。
ですがそれは、元々データ形式のものを販売している同人ゲームジャンルで活動しているサークルの話で、文芸ジャンルではおそらく僕一人だったのではないかと思われます。

もっとも、電子書籍の利用人口が今後増えていけば、この辺りの問題は自然と解決されていくのかも知れません。

DLコードの使用期限

これはCONCAにおける唯一の欠点らしい欠点ですが、実はDLコードは無期限ではなく1年間という利用可能期限が設けられています。
カードに印刷されているコード自体が1年で使えなくなってしまうので、1年後にはただのカードになってしまうというわけです。
(グッズとしてみればまだ利用価値は何かしらあるかも知れませんが)

なので毎年毎年既刊を何度もイベントに持ち込むという使い方はできず、その1年以内に刷った枚数を売り切る必要があります。

もっともこの点に関しては「売り切るつもりで作っていない作品は何度イベントに参加したところで売り切れない」という僕なりの持論があるので、あまり欠点ではないかも知れません。
確実に売り切れる枚数を見据えて、売り切れる分だけ作る。そういう勘みたいなものが、養われているか否か次第と言えるでしょう。

総評として

  • とにかく今回一番の収穫だったのは、WEB上で活動しているだけでは届かない、実イベントで同人小説を嗜んでいる方々に、「こういう活動をしている人間がいる」というアピール行う機会を得られたことでした。

 もともと続き物の途中巻を売るという企画だったので、既存読者以外に売ることはあまり意識していなかったのですが、会場で興味を持って頂いた方にKindleで販売している既刊の存在をお伝えする営業の機会になったのは嬉しい誤算です。

  • 利点と欠点について、まとめて言ってしまえば「利点はサークル側が助かること」「欠点は買う側が理解していないこと」のとにかく二つだけだと思います。

 買って頂ける側に、サークル側を助けると思ってこの取り組みへの理解を求めていくことが、今後の大きな課題でしょう。
 それが進めば、創作文芸というジャンル全体が今以上に盛り上がっていくのではないかという一抹の期待もあります。

  • 短期的に見てこの取り組みが何かの得になるかといえば、ぶっちゃけてしまうと特にはありません。一万円ちょっとの出費で趣味的に出来ることとしては、かなり楽しい部類であったことだけでは確かです。

 同じ事をするのに今まで5万とか6万とか掛かっていたことに比べれば、という話ですが。
 電子書籍で既に充分儲かっているので、実媒体で同じように儲けようという気が起きないだけなのですが。

  • 僕がこの試みに期待していることは、今まで紙媒体で活動してきた創作文芸関係の読者と作者たちが、電子書籍という舞台の存在に気付き興味を持ってくれることです。

 人が増えれば物が増え、物が増えれば人が増えるというのが市場の鉄則です。電子媒体そのものに顧客が増えれば、僕の本が売れる確率も今以上に増えるので、その点については利するところがあると言えるでしょう。

  • プロになりたいというほど情熱があるわけでもなく、かといって手間と時間とお金をかけて同人小説を続けて行くのも限界を感じている。

 そういった、ある意味〝海とも山ともつかない〟立ち位置に居るアマチュアの皆さんにとって、電子媒体というのはとても居心地の良い環境だと自分は思っています。

  • 電子書籍で一万円の利益を出すのは、そう難しくはなく簡単な部類の問題です。

 しかし一万円を使ってどうすれば読者を増やすことができるかは、かなり難しい問題です。
 ここの不可逆性を同解決していくかが、電子書籍に取り組むうえでの大きな問題だと僕は感じています。