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電子書籍作家の幾谷正が個人出版の最前線で戦う話

元ラノベ作家だけどシナリオライターの学校に通うことにした#4 『企画書講座③キャラクター編』

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こんばんは、幾谷正です。
今回は企画書講座の三回目ですが、前回までの楽勝ムードと違って今回はちょっと苦戦気味でした。

簡単に言うと「企画書に添えるキャラクター表を作る」というものですが、これがどうにも難しくて。
他の受講生が結構詳細に生い立ちや性格を書き込んだキャラクター表を作ってきたのに比べて、僕は必要最低限の情報以外あまり書くことが思いつかなくて、中途半端なものになってしまいました。

自分の場合、小説やシナリオを書き慣れているのがかえって邪魔をして、「キャラは書きながら彫り込んでいけばいい」と思って特に詳細を決めないクセがあるんですね。
最低限、「主人公はこういう性格のため事件に巻き込まれる」「このキャラはこういう性格のため事態が悪化する」といった“その性格がどうシナリオに影響するか”は準備しておくんですが、それ以外の生い立ちとか人格生計の過程は特に興味がないという・・・。

ここで自分の欠点に気付いたんですが、要するに僕って「めちゃめちゃ人間というものに対して興味ないな」みたいなんですね。
人間ドラマを書こうって言ってるのに、その対象である人間に対して興味がないって我ながらヤバいような気がします。

逆に他の受講生の企画書やそれに対する感想を聞いてると、「え、平凡な人間の普通の人生をどうしてそこまでおもしろがれるんだ!?」みたいな驚きばかりで、ちょっと脚本家向いてないんじゃないかと焦りました。
もちろん脚本家は全員が全員、昼ドラやトレンディドラマみたいな人物を書けないといけない、というわけでもないので、自分にはない才能や得意分野を持ってる人たちがいるんだなあと思うことにしました。
それに、今「自分はここが苦手だな」とわかったのは、逆にそこを努力して補えるわけなので、欠点に気付く機会をもらえたと思えば講義に出てみた甲斐はあったと思います。


でもそれにしたって、例えばキャラ表に「優しい性格です」と書かれてたところで、本当に読者が「優しい性格だ」と感じるかなんてわかんないじゃないですか。
そもそも心から優しい性格の人間なんて、実際にはいないと思います。優しく見える人間だって「見返りを求めて優しくしてる」のか「他人と関わることを恐れていて距離をおいてる」だけなのか、あるいは「騙されやすいバカ」なだけか、
そもそも優しい人間だって厳しいことを言えば怒ることもありますし、人間の性格設定なんて先に決めるだけ無駄では? と思っているのも個人的には事実です。

ただ自分なりに考えてて気づいたのは、大抵どんな人間も「こういう人間になりたい」という理想や目標は持っている、ということです。
例えば「優しい人間」であると書くより、「優しい人間になりたいと思っている人間」の方が、どこか人間的に思えませんか?
こう書くだけで「つい怒ってしまうんだろうな」とか「人に理解されないんだろうな」とか、色んなドラマを想起させられます。

逆に、「本当に自他共に認める優しい性格の人間」というのは、メインのキャラクターとして弱いですし、ドラマが生じにくいと思います。
言わばなりたい自分と現在の自分が一致してしまっているキャラクターというのは動きがありませんし、その時点で既にドラマが終わっているのです。

つまり僕にとって得意なドラマの書き方のパターンは、「何かになろうとしている人間の過程」を描くもので、「何になりたいか」から設定を作り込むべきだなと思いました。
なりたい自分になることがドラマであり、ストーリーであり、ハートの革命であり、プリズムアクトなのです。

それと他の皆さんのキャラクター表を見ててもう一つ気付いたのは、結構親子とか兄弟とかの家族関係をしっかり作ってドラマに絡ませてる人が多いなと思いました。
こればっかりはオタクの悪癖で、「家族という要素は話の邪魔だ」と思って排除してしまうことが多いので、苦手に挑戦してみる意味で家族を主題にした企画を考えてみるのもいい勉強になるかもなと思いました。

挑戦したことのない領域や、努力する余地が見つかるのって楽しいモノですね。
それでは、今回はこれにて。