Funny-Creative BLOG

電子書籍作家の幾谷正が個人出版の最前線で戦う話

「星の王子さまが擬人化したバオバブの木に穴という穴を犯されるBLエロ同人」は果たして許されるのか

ふしだら星の王子様 (G-Lish Comics)

ふしだら星の王子様 (G-Lish Comics)

先日、「原作の雰囲気と落差がありすぎる」と話題になった映画『ピーター・ラビット』を見てきました。
なかなか挑戦的な番宣映像で自分も気になっていましたが、中身は意外にも原作に忠実な点が多いと驚かされました。
「なんでそこは忠実なんだよ」と突っ込みたくなる芸の細やかさは『Rio ~Rainbow Gate~』のアニメを彷彿とさせますね。
キャラも映像もストーリーも申し分なく、同時期に公開されていた『ランページ』と並んで2大害獣映画として楽しめました。

今回の話題はそんな「許された二次的著作物」とは対照的に、許されなかった二次的著作物のお話です。

二次創作だから無罪なのか?

togetter.com

創作・文芸関係のクラスタでにわかに話題になってるこの件ですが、なるほど確かに興味深い話だなと思いました。

簡単に説明すると、著作権の保護期間とされる著作者の死後50年を過ぎた作品『星の王子さま』が、二次的利用をされるにあたり問題になってるようです。
一見したところ翻案権の侵害にも見えますが、その根拠となる著作権の保護がそもそも切れているので、法的には確かに問題なさそうです。

ただ、「たとえ法的に問題なくても俺たちが許さない!」と声を大きくしてキレている原作のファンは多数いるようで、
中には「現在の著作権を持っている親族を探し出して気に入らない二次創作をぶっ潰してやる!」と息巻いてる方もお見かけします。

いやあ、素晴らしい! 潰そう!

僕も気に入らない二次創作を潰すために公式や著作権者に直接メールを送りつけて潰すという、自称”幾谷メソッド”と呼んでいる活動は何度か行ってきました。

※参考
「はだしのゲンコラ村」を公式に問い合わせて燃やしたら僕が凍結されたという氷と炎の歌 - Funny-Creative BLOG

こうした公式への問い合わせは確実な方法であり、皆さんにもその有効性を知ってもらいたくて活動してきたので、念願叶ったようで何よりです。

僕も自分の一次創作を発表している立場として、僕の死後、もし心ない人間に自分の作品が望まぬ改変を受けることがあれば、同じようにたたきつぶして欲しいですね。
(あまり起こりえない話ですが)

「改変された形でも作品の素晴らしさが広まるはずだから二次創作する権利は保護されるべきだ」とか頭の可笑しいことを言う人もたまにいますが、
素晴らしい作品ならそのままそのものを伝えればいいでしょ? 他人がわざわざ勝手に手を加える必要ないだろ。

確かに盛り上がってる感の演出にはなるでしょうが、そういった”二次創作するための道具”に成り下がるコンテンツは作品そのものに大した魅力が無いだけです。

今回の件を批判している人の中に二次創作をしている人はまさか居ないと思いますが、僕個人の見解としては許せないと思ったら「許せない」と言うべきです。

「完璧とは、これ以上加えられないときではなく、これ以上削りとれないことだ」とはサン=テグジュペリの言葉ですが、だからといって余分なものを付け加えることが正しいとは思えません。

同人だったら無罪だったのか?

たとえばこれが、商業ではなく同人誌としての形だったら許されたのでしょうか?
「既存の作品にオリキャラを足して売るなんて、こういうのは同人でやるべきだ」という批判も確かに目にします。

では例えば「個人事業主として法人活動をしている人間が、通販業者を介した電子通販か、イベント会場のみで限定的に数千個を販売した」としたらセーフだったのでしょうか?

ちょうど明日からコミケが始まりますが、商業活動をしているようなプロのサークルなら、委託を含めれば1000とか2000とかいう数字は余裕で到達します。
もちろん収益も出ますし、その作家が事業届を出しているようなプロであれば、当然事業収入として計算されることにもなるでしょう。

それでも「同人」という魔法の言葉さえついてしまえば許すべきだ、と感じている人たちは、都合のいい洗脳に騙された可哀相な脳みその人たちなんだと思います。

たとえばタイトルに上げたように「星の王子さまが擬人化したバオバブの木に穴という穴を犯されるBLエロ同人」なんて地獄のようなものがコミケで販売されたらどうなるでしょうか。
しかも意外と読者にウケてしまって、「バオ星は公式!」とか「こういう解釈もあり」とか言い出したらどうするんでしょうか。
「星薔薇ジャンルの人たちは自分たちがメジャージャンルだから星バオみたいなマイナージャンルを迫害してる」とかデカい顔して学級会始めたらどうするんでしょうか。

たった一冊の同人誌でも、手おくれになると、もうどうやっても原作に取り憑いた悪いイメージをとりのぞけないのは皆さんもよく知るところです。

誰が罪を決めるのか?

ここまで「許すべきではない」「ぶっ潰せ」と言ってきた僕ですが、もちろん僕自身に今回の二次的利用を法的に処罰することはできません。
何かの権限を持つわけでもないし、皆さんがそれに従う必要もない。ただ、同調したり反論を口にしたりすることは自由です。

あくまで私見ですが、作品とは世の中に公開した時点で、作者と読者の共有物になるものだと自分は考えています。
「この解釈は間違っている」「この作品はこうあるべきだ」とファンが真剣に考え続けることこそ、作品を愛し守るという活動の根本ではないでしょうか。

著作権はもちろん守るべきものですが、あくまで作品を守る手段の一つでしかなく、「著作権がなくなったから作品を守る必要もない」というのはいささか早計に思えます。
著作権が生まれる前から作品や文化はこの世に存在しますし、盗作は批判され、作家は尊敬されてきました。
著者の守りも、著作権の守りもなくなった今こそ、読者一人一人が自分たちの手で正しい作品のあり方を守るべきです。
もちろん、たとえ著作権が尽きておらず、作者が存命だったとしても、それらに頼り切って守ることを忘れていいワケでもありません。

確かに歴史を見れば明らかなように、作品の解釈を自分の都合の良い方へ意図的に歪めて発信してしまう人も大勢います。
本当に自分の語りたい言葉や思いがあるならば、自分自身で生み出した作品で行えばいいだけのことでしょう。

ネットの発達によって誰もが表現者になれてしまうこの時代、「誰もが簡単に余計なものを作品に付け加えられてしまう」という危険性を自分は感じています。