Funny-Creative BLOG

電子書籍作家の幾谷正が個人出版の最前線で戦う話

負けたところで失うものは何もない僕たちと『人造昆虫カブトボーグVxV』の話

世間では「カオスアニメの代名詞」として悪名高い『人造昆虫カブトボーグVxV』だが、実はけっこう趣深いエピソードも多数ある。

そもそもカブトボーグというアニメの世界観はそれほど狂っているわけではない。徹底したリアリティのもとに成り立っている。
主人公のリュウセイさんは腹の立つ相手が居れば叩き潰す、目的のためには手段を選ばない、常に最短距離で勝利をつかみにいく。

これがそこらのホビー向けアニメの主人公なら、「勝つためには何をしたっていいわけじゃない」と敵役を綺麗ごとで説得しているところだ。
だが、リュウセイさんは逆に、そんな説教に対して更に上からの説教を食らわせて怯んだ隙にぶちのめしたりする。
彼は少年向けホビーアニメという枷から解き放たれた、ナマの感情を発露するむき出しの人間性そのものなのだ。



僕が浦沢脚本がどれだけ好きかとか、戦隊モノだとカーレンジャーが好きだとか、そういった与太話はさておき。

カブトボーグ』には珠玉の迷エピソードの数々が存在するが、あまり注目されていないながら個人的に好きな名エピソードがある。

第32話「準々決勝!ランニング・バックブリーカー・ストップ」

である。あらすじはこのページとかを参考にしてほしい。

第32話 - カブトボーグVxV@まとめ - Seesaa Wiki(ウィキ)

ちなみに、前話である第31話はリュウセイさん達一行がある王国で国内のクーデターを鎮圧する話なので、前後のつながりは全く存在しない。
この回でいきなり世界大会が始まりこの回で終わる。
連続で見ていた視聴者の方が戸惑っていたレベルなので、逆にまだ見てない人はいきなり第32話から見ても安心です。

この回はディテールを削ぎ落として簡潔に説明すると、世界大会に出場した我らが主人公リュウセイさんが、復帰に臨もうとする元チャンピオンと戦う話である。

そして負ける。

ホビーアニメのお約束などかまうことなく、完膚なきまでに現実を叩き付けてしまうのだ。
嗚呼、「これがカブトボーグだ」とでも言わんばかりに。

この回で登場するゲストキャラ、ニュートン・カーティスは、天才と呼ばれた元チャンピオンで一度は引退した選手だ。
復帰を賭けた負けられない一戦。
そんなカーティスに、リュウセイさんは相手のメンタル面の弱点を的確に見抜き、持ち前の煽りスキルを駆使して精神攻撃を開始する。

さっきから負けたくないだの、よくそんなんでチャンピオンになれたな!そんなに負けが怖いのか!

清々しいぐらいに外道だ。数々の強敵を彼はこうして打ち砕いてきた。
だが、天才少年とうたわれたカーティスは、フィジカルだけでなくメンタル面でもリュウセイさんを上回っていた。

「僕が今負ければ、失うものは大きい。元天才少年、新チャンピオンに負けるってね・・・

だが!君が今僕に負けたところで、失うものは何もないっ!

攻め一辺倒のノーガード戦法だったリュウセイさんは、この一言によってメンタル面の隙を突かれ、準々決勝で敗退という主人公にあるまじき辛酸をなめさせられる。
実際に舐めることになるのは、辛酸というよりむしろ、苦いチョコレートなわけだが、この辺りは是非本編を自分の目でご覧いただきたい。


長々と渡ってカブトボーグ第32話の魅力を解説してきたわけで、もうこの時点で僕はわりと満足しているが、個人的に言いたいことを一応言っておく。

年寄りは若い人間に対して、「若いうちは失敗してもいい」「何事も経験だ」「負けて当然」と知ったような顔で言う。
だが、そんな悠長に年を取りたくは無いし、社会に出てしまえば老いも若きも関係ない。

現に“守るもの”を既に手にしている人たちは、それを失わないために形振り構わず必死に戦っている。
後から表われる新参にそれを奪われまいと必死に戦っている。ニュートン・カーティスがそうであったように。

だが、負けていい若者なんて一人も居ない。
リュウセイさんは血も涙もない外道なので滅多に泣かないのだが、この回ばかりはさすがに涙を流す。

「俺、俺…あの時一瞬気を抜いたんだ。確かに負けても失うものは無いって

だけど、それはまだ、俺がまだ何も手にしてないだけで…

俺、勝ちたかったのに…勝たなきゃ何も、手に入らないのに」

この一言は、わりと僕の胸に響いた。
そうだ、その通りだ。失うものがあるから負けられないという人たちの気持ちは分かる。
だが、若者は、挑戦者は、勝たなければ失うものさえ手に入らないのだ。

勝負とは勝ち負けを決めるためにやるものだ。
「負けてもいい」という諦めで舞台に立つ者は、勝負の土俵にさえまだ上がっていない。

リュウセイさんは綺麗ごとで誤魔化さない、勝ちにこだわるアスリートの真摯さを僕たちに見せつけてくれた。
断っておくが『人造昆虫カブトボーグVxV』は、毎回そこまで良い話をしているわけではない。
第2シリーズの『人造昆虫カブトボーグV』の方が良エピソードが豊富なので、まだ見ていない方にはそちらをオススメしたいと思う。

うん!